芝浜と椿姫

「なんだって、芝浜と椿姫が似てるってえ。冗談云っちゃいけないよ。椿姫って言ったら、あれだ。吉原のおいらんみてえなもんだ。そんないい女と魚屋のおかみさんを一緒にしていいわけがねえ」
「あんた、女っていうものをわかってないね。椿太夫だって、おかみさんだって、女だよ。亭主のため、惚れた相手のためならなんでもしちゃうのさ。それが証拠に、ふたりとも惚れた相手を前に一世一代の大嘘をついたんだ」
「ほう、どんな嘘だい」
「椿太夫のほうは、アルマンっちゅう書生の未来を思い、別の男が好きになったって嘘をついて身を引くのさ。芝浜のおかみは、旦那が財布を拾ったのをそんなの夢だとしらを切る」
「だいぶ違うじゃんか」
「似ているのはこのあとさ。ふたりとも嘘がつき通せなくなるんだ。椿太夫のほうは死期が迫って、『あれはウソでした』っつう手紙を書くし、芝浜のおかみさんも亭主が立ち直ったのを見たらついに緊張の糸が切れちまう」
「ふふん。まあ、嘘をつきとおせないってところが可愛いといえば可愛いところだな。ほんとに悪い女なら、嘘をついても屁とも思わんだろうからな」
「でしょう。ふたりとも惚れた相手の将来を思って大嘘をついたくせに、惚れた相手に嘘をついた自分が許せなくなるんだ」
「なるほどな。で、どうだい、おまえさんは俺になにか嘘をついているんじゃないかい」

「あら、どうして」
「さっきからやけに嘘つき女の肩をもつからさ。さてはおまえ俺に隠れて…」
「おやおや、椿太夫に惚れた書生さんも、芝浜のだんなさんも、女の嘘に騙されたっていうのに、あんたは疑い深いんだねえ」
「俺に言わせれば、騙される男のほうだって男だよ」
「男はばかのほうがかわいいってことかね」
「ま、まあそれはともかく、芝浜のだんなは夢になるのが怖くて酒をやめたけど、アルマンの兄さんは、これが夢ならどんなにいいかと願ったんじゃねえかな」
「夢でいいから会いたいとも思ったんだろうねえ。なんせ墓場まで会いにいったんだから」
「おめえが死んでも俺は墓なんぞいかないからな」
「あら、あんた、あたしのほうから化けてでてきてあげますよ。うふふふ」