戦争プロパガンダ10の法則 批評と行動 

 アンヌ・モレリ著『戦争プロパガンダ 10の法則』(草思社)の翻訳のお話をいただいたのは、2001年暮れのことでした。2001年9月にアメリ同時多発テロが起こり、世界は緊張感に包まれていました。急いで翻訳し、刊行されたのは翌年の春でした。

 できたばかりの本を私は「平和のための意見広告も、国威発揚プロパガンダも一緒に並ぶのが広告ですね」という趣旨の手紙をつけて雑誌『広告批評』に送りました。天野祐吉さんから返信の御葉書をいただき、しばらくして島森路子さんによる書評が新聞に載りました。あの頃、広告業界にはまだ「批評」があった。それも、なかからの批評なり、議論があったのだと今更ながらに思います。

 その後もこの本は版を重ね、テレビではビン・ラディンの行方が取りざたされ、アフガンで空爆がはじまりました。そのアフガンで地道な活動を続ける中村哲さんの存在を知ったのも同じ頃でした。文字の世界で暮らす私は、その行動力に圧倒され、ペシャワール会にいくばくかの寄付を送りました。アフガン空爆を追い風に刷り部数を伸ばす本の印税をちょっとばかり善意にまわすことで、偽善的な良心をなだめようとしただけのことです。浄化という意味では、これもある種のマネーロンダリングかもしれません。

『戦争プロパガンダ 10の法則』が版を重ねるのは、著者の指摘が正しく、わかりやすいものだったからに違いありません。2015年には、ISのテロ攻撃とシリア内戦への国際介入を背景に文庫化されました。今年に入り、アメリカとイラクの緊張状態が生じたことから、いくつものテレビ番組で取りあげられ、重版が決まりました。私は翻訳者として誠意をこめて訳しましたし、広く皆様に読んでいただけるのをとても嬉しく思います。欲を言えば、緊張感が増した時だけではなく、「一見平時に見えるとき」にこそ読んでいただければ幸いです。私個人としても、風が吹けばおけ屋が儲かる式に、戦争になると印税が入るという居心地の悪さを解決すべく、行動していきたいと思っています。

 天野祐吉さんも中村哲さんもこの世を去りました。ペシャワール会の活動は続いています。広告への批評は誰が引き継いでいるのでしょうか。

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