『夜明けの約束』 小説と映画

 ロマン・ガリの小説『夜明けの約束』が映画化され、『母との約束 250通の手紙』のタイトルで公開されました。試写会に呼んでいただいたご縁もあるし、映画ではじめてこの作品をご覧になる方の邪魔をしたくないので、これまで控えておりましたが、公開から半年経ったし、もういいですよね。

 

『夜明けの約束』の終盤、主人公「私」は、母に何度手紙を書いても返信の文言がかみ合わないことに疑問をもち、母の身を案じます。それでも、母からの手紙は届き続け、主人公は最後に、母がすでに亡くなっていること、彼女が生前250通の手紙を書き、友人に託し、死後も投函してもらっていたことを知ります。

 この話を最初に原書で読んだとき、いじわるな私はふと思いました。そんな友人、あのお母さんにいたのかしら。というのも、このお母さん、なかなかにエキセントリックなひとで友人なんていそうもないのです。しかもことは戦時中。切手代でさえばかになりません。手紙を託されても、切手代だけもらってそのままにしてしまうずるい人がいたりしても不思議ではない時代なのです。

 というわけで、ロマン・ガリの評伝を読んでみますと、事実は小説とは異なっていました。ガリは母の遺品としてノートを受け取ります。そこには息子に向けた思いが日記のように、また手紙のように延々とつづられていたというのです。

 事実を知っても特にがっかりはしませんでした。いや、むしろ、『夜明けの約束』があくまでも自伝「的」小説であり、フィクションであることに、ガリの才知を感じ、ますますガリに対する興味が増したのです。

 ガリの魅力は、いえ、魅力の一つは、そのセルフ・プロデュースの才知にあります。自伝「的」作品をいくつも書いていますが、すべてはフィクションなのです。このあたりは日本文学の「私小説」とは一線を画しているところでしょう。読者のほうも、「だまされる」楽しみがあるのです。

 映画『母との約束 250通の手紙』の公開に際しては、「伝記映画」「自伝が原作」という言葉が多く使われていました。実際、エリック・バルビエ監督は、ロマン・ガリの最初の妻レスリー・ブランチを登場させるなど、ガリの実人生を投影させ、さらに「実話っぽく」演出している印象があります。皆があれを彼の伝記と信じるならば、ガリはきっと草葉の陰でしてやったりと笑っていることでありましょう。

f:id:ngtchinax:20200227153237j:plain