トルバドゥールと万葉歌

 先日、「中世フランスが恋愛を発明したのか?─トルバドゥール・トルヴェールの恋の歌」というレクチャー&コンサートを聞きにゆきました。宮廷風恋愛については、「クレーヴの奥方」を訳したときに、源氏物語みたい、と思ったのですが、今回、トルバドゥール・トルヴェールは万葉集に近い、と感じました。
 たとえば、マルカブリュの「生垣のそばで」という騎士が羊飼いを口説く歌は、こんな感じ。

'Toza, fim-ieu, cauza pia,
Destors me sui de la via
Per far a uos compagnia
Quar aitals toza vilana
Non deu ses pareill paria
Pastorgar tanta bestia
En aital terra soldana.

「お嬢さん、素敵な娘さん、私の友だちになってくださいよ。それをお願いしたくて道をそれてわざわざこちらに来たのです。あなたみたいなかわいい村娘がお似合いの恋人もなく、こんな場所でこんなに多くの羊をたった一人で放牧させているなんてとんでもない話です」(片山幹生訳)

一方、万葉集雄略天皇のナンパの歌は、

「こもよ みこもち ふくしもよ みふくし持ち この岳に 菜摘ます子 家のらせ 名のらさね そらみつ 倭の国は おしなべて われこそをれ 敷きなべて われこそませ 我をこそ 背とはのらめ(我こそはのらめ) 家をも名をも」

「すてきな籠(こも)ですね。へらもすてきですね。春の岳で菜を摘んでる娘さん。あなたの家はどこですか。さあ、教えてくださいよ。この天が下の大和の国は、すべて私が治めているんですよ。さあ、私は名乗りました。あなたも私におしえてください。あなたの住所も名前も」

 どうでしょう。どちらも「歌」として聞くものなので、文字表記にすると魅力が半減してしまうのが残念です。
 羊飼い娘や菜つみ娘を見ると、リズミカルな調子で、けっこう強引に口説こうとする貴族男子。現代でいうなら、ファミレスやコンビニのバイト嬢に、ちょっかいを出したがるオジサンかもしれません。
 ただし、トルバドゥールの方では、このあと騎士が羊飼いからけんもほろろの反撃をくらいます。雄略天皇は、御嬢さんの名前を明かしてもらえたのでしょうか。

 十字軍の遠征に出た夫を恋しがる妻の歌が、防人の歌に似ているなど、探せば他にもいろいろありそうですが、比較文学の論文に仕上げるほとの力量はないので、このへんで。ブログを始めた時、タイトルを「似て非なるもの 遠くて近きもの」としたのですが、これはまさに「遠くて近きもの」。遠い時代の遠い国で同じような歌が存在するのは、人間の普遍的な心を見るようです。