2019-01-01から1年間の記事一覧

訳者あとがきにかえて スター・ウォーズと哲学

新しい訳書が本屋さんに並びました。ジル・ヴェルヴィッシュ『スター・ウォーズ 善と悪の哲学」(かんき出版)です。原書には映画タイトル「帝国の逆襲」をもじって「哲学の逆襲」というサブタイトルがついています。 世はサブカル花盛り。NHK Eテレでサブ…

訳者あとがきにかえて ディズニーと哲学

新しい訳書が本屋さんに並びました。マリアンヌ・シャイヤン著「本当に大切なことを気づかせてくれるディズニーの魔法の知恵」(かんき出版)です。実を言うと自己啓発本のたぐいは苦手なのです。ミッキーマウス(の着ぐるみ)が苦手でディズニーランドにも…

茶色の朝 #はじめての海外文学

10月13日に予定されていたイヴェント「はじめての海外文学スペシャル」が台風のため中止になってしまいました。この日のために用意していたスピーチ原稿(を加筆修正したもの)を以下にアップいたします。 ★★ はじめての海外文学ということで、第四回の今年…

世界の中心 マルティニークと沖縄と

台風一過、とりあえず、自分と自分に近しい人だちの安全を確認すると、ああ、よかったと安堵し、翌日のニュースで多くの人が被災したことを知る。震災のときもそうだった。東京のアパートで私が割れたグラスを惜しみ、棚から落ちた本を拾っていたとき、東北…

墓前で泣く青年 「野菊の君」と「椿姫」

御彼岸です。お墓参りの季節です。墓地を歩いていると、墓に取りすがって泣く青年の姿が頭をよぎります。しかも、二人。ひとりの名は政夫、もうひとりは、アルマンです。 政夫は、野菊のような人、民子に心を寄せますが、先回りした親が、民子を説き伏せ、よ…

箱の話  北村薫とシュペルヴィエル

里見はやせという少女が忘れられません。里見はやせは、北村薫「スキップ」(新潮文庫)の主人公の高校教師、真理子の教え子のひとり、演劇部に所属し、「かえる語」で演説する少女です。彼女は文化祭で、「箱入り娘」を演じます。舞台のうえには箱がひとつ…

母について ヴィルジニーのプライド 3

実家がどんどん荒れていくことに気づいていないわけではなかった。何とかしたいと思っていた。実家に様子を見に行こうとすれば、「忙しいんでしょ、来なくていいわよ」と言われ、それでもと押しかければ、散らかり放題の家を見て、「なんとかしましょうよ」…

母について ヴィルジニーのプライド 2

父が死んだあと、母は家事をしなくなった。もともと家事が好きなひとではなかった。いや、別に家事をしないならしなくてもいい。家政婦を頼むなり、もっと小さな部屋に引っ越すなり、ほかに方法はあったはずだ。だが、母は遅くまで起きて市長への陳情書を作…

母について ヴィルジニーのプライド 1

母が死んで何がつらいって、ちっとも悲しくないことがつらい。あんなに大事に育ててもらったのに。父が死んだときはあんなに悲しかったのに。空っぽになった実家にいくとわいてくる感情は悲しみではない。怒りや自責の念や憤懣やるかたない気持ちはあっても…

目で読む詩 アポリネールと吉野弘

昔々、パリの文房具屋で万年筆の試し書きをしようとしたら、店のマダムに怒られました。そのとき、私はつい、縦書きで試し書きをしたため、ペン先に癖がつくことを恐れた店主に注意されたのです。まあ、結局、購入するなら良しとされたわけですが。 アポリネ…

過剰なる母 寺山修司とロマン・ガリ  

5月になると、寺山修司を読み返します。5月4日は命日だから。そして、『われに五月を』の印象があまりにも強いから。歌集「われに五月を」のなかで、「二十才 僕は五月に誕生した」としていますが、本当は12月生まれ。別の作品(1)では「おいらの故郷は汽車…

牛乳を運ぶ シュペルヴィエルと宮沢賢治

古典新訳文庫創刊編集長の駒井稔さんが「今、息をしている言葉で」(而立書房)で、刊行時の経緯を書いていらしたので、「海に住む少女」刊行に到るまでの覚書を今のうちに。 2005年の冬、古典新訳文庫の創刊に先立ち、編集長の駒井さんから「何か訳したいも…

美女の誘惑 鏡花とゴーティエ

このところ法事続きで、お坊さんと話をすることが多い。高野山で修業したという方に会うと、ついつい、泉鏡花の『高野聖』を思いうかべてしまう。いやいや、目の前にいる実直な御坊様が、美女に迷うとは思えないけれども。 『高野聖』で、修行僧は山の奥に迷…

夢は誰のもの ソーセキとタブッキ  

「私の夢」といっても将来の夢ではない。私が今朝見た夢は、私の夢なのだろうか。目が醒めるなり、あわてて書き残そうとしたところで、もはやそれは私の夢ではない。記憶の底にぼんやり消えかかった夢、その夢の著作権も所有権も私にはない。いい夢を見たく…

ルソーさんとわたし

『孤独な散歩者の夢想』の訳者あとがき用に書いてボツにした文章です。「うらあとがき」として古典新訳文庫のHPに掲載してもらったものを再掲、後日談も。 ★ 夜のお店に行ったことはないが、ホステスさんはこんな気持ちで働いているのではないだろうか。 …

母と娘 アンヌとシモーヌ

ここ数か月、心のなかで何度もアンヌ・フィリップの「Je l'ecoute respirer」を読み返していました。「心のなかで」というのは、実家と自宅の往復でへとへとになってしまって、本を開く余裕がなかったから。いいえ、ほんとうは、その本をひらき、心に浮かん…

母と娘 

ひさしぶりの更新です。この親にしてこの子ありといいますが、母は私にとって、まさに「似て非なる者、遠くて近き者」でした。今日は母のことを少しだけ。新年早々、めでたからぬ話で恐縮です。 1月某日、初めて喪主というものを経験いたしました。母があの…