訳者あとがきにかえて ディズニーと哲学

 

 新しい訳書が本屋さんに並びました。マリアンヌ・シャイヤン著「本当に大切なことを気づかせてくれるディズニーの魔法の知恵」(かんき出版)です。実を言うと自己啓発本のたぐいは苦手なのです。ミッキーマウス(の着ぐるみ)が苦手でディズニーランドにも行ったことがありません。それでも、この本の翻訳を引き受けたのは、原書が自己啓発本ではなく、哲学の入門書として書かれていたから。もうひとつは、アメリカ映画と西欧哲学の関係に興味をもったからです。

 原著者マリアンヌ・シャイヤンは、リュヴェン・オジアンの弟子。原書の版元は「プルーストと過ごす夏」「モンテーニュと過ごす夏」などのシリーズで知られるEquateurs 社ということからも、原書が由緒正しい(?)人文科学系の本であることをお分かりいただけるのではないかと思います。

 ディズニー映画の多くは、「美女と野獣」、「ノートルダム・ド・パリ」、グリム童話など、ヨーロッパ文学をベースにしています。哲学の視点からディズニー・アニメを読み解く作業は、ギリシャ神話からヴィクトル・ユゴーまで、西欧文化のエッセンスを取り入れ、ときに単純化し、擬人化ならぬ擬動物化させてきたアメリカ式エンターティメントを、今一度、そのエッセンスに立ち戻らせる作業のようでした。ウェルチの濃縮ジュースから、とれたて果実の味を再発見させると言い換えてもいいでしょう(いいのか?)。いや、そもそも、ウェルチのジュースは、ノン・アルコール・ワインをつくろうとして生まれたそうですから、せっかく「毒抜き」でエンタメ化した作品を掘り下げ、毒の痕跡をさぐる作業だったのかも。

 こうすれば幸せになれますよ、という発想は確かに、自己啓発本に近いものですが、その根底にあるのは、むしろ、「なぜ、あなたは幸せになれないのか」の追求であり、人間の愚かさを自覚させるものであるような気がします。

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