2020-01-01から1年間の記事一覧

魔女の伝言

母が亡くなる一か月前、実家で梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』を見つけた。文庫本ではなく、立派な装幀の愛蔵版である。聞けば、お友達の娘さんが不登校だと知り、その子に贈ろうと購入したものだという。代わりに送っておくから、名前と住所を教えて、…

詩の翻訳 映画『パターソン』と『月下の一群』

ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』のなかに「詩の翻訳なんてレインコートを着たままシャワーを浴びるようなものだ(Poetry in translations is like taking a shower with a raincoat on.)」というセリフがある。これを聞いたとき、映画館の暗闇で…

白黒白日記 (3) 白髪三千丈

9月某日 白髪染めやめて半年。バスに乗ったら席を譲られた。だいじょうぶです、と座らなかったのだが、家に帰って夫に話したら、「ありがたく座っておかないと、本当に座りたいときに誰からも譲ってもらえなくなるよ」と言われる。そうなのか。席を譲る条件…

へんな動物  マンクスピアとブラフマン

コルタサルの「片頭痛」(寺尾隆吉訳『動物寓話集』光文社古典新訳文庫所収)にはマンクスピアという動物が出てきます。「私たちはずいぶん遅くまでマンクスピアの世話をしているが、夏、こうして暑くなってくると、彼らは気紛れや移り気の度合いを増し、成…

本の一生 

人の一生とおなじように本には本の一生があるのでしょう。あっという間に捨てられてしまう本があれば、人間よりもずっと長生きする本もあります。 実家を処分するにあたり、たくさんの本とお別れしました。 精神科医だった父の本は医学書が中心でした。医学…

白黒白日記 2 ともしらが

白黒白日記 (2)ともしらが 7月某日 白髪染めをやめて四か月、大学の同期とZoom飲み会。やっぱりワタシだけ老けて見える。えーん。じぶんのなかの「見栄」に気づかされる。その一方、染まるシャンプーもあるよ、などというアドバイスがありがたいような、う…

『夜明けの約束』 小説と映画

ロマン・ガリの小説『夜明けの約束』が映画化され、『母との約束 250通の手紙』のタイトルで公開されました。試写会に呼んでいただいたご縁もあるし、映画ではじめてこの作品をご覧になる方の邪魔をしたくないので、これまで控えておりましたが、公開から半…

白黒白日記 1 ノームコアのたてがみ

白黒白日記 (1)ノームコアのたてがみ 2020年1月某日 母の一周忌。遺影の母はプラチナヘア。父が亡くなるまでは髪染めていたから、母は父のために70代まで「若くきれい」でいようとしていたのかしら。私は誰のために染めているのかしら。あと20年染めつづけ…

間に合った奇跡

是枝裕和監督の映画『歩いても歩いても』に、「人生はいつも、ちょっとだけ間に合わない」というセリフがある。父と母を送った後、何度も同じことを思った。子供の頃のことを聞いておけば良かった。ああししてあげればよかった。もっとやさしい言葉をかけて…

切れる糸 つなぐ糸      

子供の頃、私は母の手作りの服を着ていました。小学校の上履き袋も体操着袋も母の手作りでした。でも、母は不器用な人でした。何か作らなくてはならなくなると布と糸を買ってくる。残った端切れや糸はとっておくのだけれど、いつの間にか忘れてしまい、次に…

かわいくない犬 ウヤミリックとベック

犬と男の冒険旅行との触れ込みで読み始めたが、どうも勝手がちがう。犬がかわいくない。いや、かわいいところもあるにはある。だが、ウヤミリックという名のこの犬、人糞は食べるし、隙あらば手を抜こうとする。人間のほうも犬をどなりつけ、いざとなったら…

だんだんしゃりしゃり

実家の片付けはなかなか進みません。車で行って、誰にも会わずに作業する分には、コロナ禍も関係ないとは思うのですが、気持ちが動かないのです。コンマリ式の「スパーク・ジョイ」も遺品整理には効果がありません。ときめくものなどないのです。むしろ、断…

異国のお人形 芥川と雨情

少々遅くなりましたが、3月は雛の月。芥川龍之介の「雛」(1923)は、旧家がひな人形を横浜のアメリカ人に譲渡することになる話です。ひな人形の持ち主である少女は淡々としているのですが、人形との別れに没落の悲しみを重ね涙したのは、以外にも少女の父親…

戦争プロパガンダ10の法則 批評と行動 

アンヌ・モレリ著『戦争プロパガンダ 10の法則』(草思社)の翻訳のお話をいただいたのは、2001年暮れのことでした。2001年9月にアメリカ同時多発テロが起こり、世界は緊張感に包まれていました。急いで翻訳し、刊行されたのは翌年の春でした。 できたばかり…

おうちのいのち

母の一周忌が終わりました。長くて短い一年がすぎました。 母の死はまた家の死でもありました。換気やら遺品整理やら、実家にいくたびに、それを思い知らされます。最初は匂いでした。締め切ったままの家には、独特の匂いが漂います。そして、庭。草が伸び、…