魔女の伝言

 母が亡くなる一か月前、実家で梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』を見つけた。文庫本ではなく、立派な装幀の愛蔵版である。聞けば、お友達の娘さんが不登校だと知り、その子に贈ろうと購入したものだという。代わりに送っておくから、名前と住所を教えて、と言ったのだが、そのころ、すでに母の記憶はあいまいになっており、住所録が見つからずそのままになった。そのお友達の名前すらメモをしておかなかったことが今更ながら悔やまれる。

 母がこの世を去り、もうすぐ二年になる。遺品の片付けも終わり、実家も処分したのに、気持ちだけは区切りがつかない。あのときの少女は今、どうしているのだろう。コロナ・ウィルスの影響で学校が混乱する中、再登校できるようになったのだろうか。フリースクール通信制の学校に仲間を見つけただろうか。いや、学校に行くことだけが正解ではないし、言葉ではうまく励ませそうもないからこそ、母はこの本を渡したかったのだろう。不登校の少女に寄り添う西の魔女のようになりたかったのだ。

 遺品からは手紙の下書きや書き損じがたくさん出てきた。パソコンやメールを使いこなせず、万年筆でつづった手紙は、一文字でも書き間違うと修正液を使わず、また最初から書き直す。そうした完ぺき主義の性格と不器用さのせめぎあいが母を最期まで苦しめていた。いや、届いた手紙は手元に残らず、出せなかった手紙だけが残っていたから、私が勝手にそう思っているだけだろうか。

 渡せなかった本、出せなかった手紙を届けるすべを私は知らない。だから、せめてwebという名の波に手紙の入った小瓶を投じる。

西東京の魔女は脱出に成功して姿を消しました。娘のワタクシはまだ魔女としての修業が足らず、伝言の届け先がわかりません。この伝言が届くかどうかはわかりませんが、幸せを祈っています。どうかどうかお元気で」

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