大人の正義 キャプラと「成分表」

  映画『素晴らしき哉、人生!』(*)を見て、最後にふと、悪徳実業家のポッター氏は最後まで改心しなかったのだなと思った。そして、彼がどこかで罰をくらうのを期待していた自分に気づいてしまった。勧善懲悪のパターン化したドラマなど見飽きていたはずなのに。そしてまた、相手が映画の登場人物であり、悪人とはいえ、誰かの不幸を望む時点で、私は善人ではないのだ。

   上田信治氏がエッセイ集「成分表」で同じような体験を書いていた(**)。中学生の時に漫画『がきデカ』で悪が罰されずに終わる回を読み、困惑と恐怖と怒りを感じたというのだ。上田氏はさらに続ける。「子供は、正義感が強い。この世が正しく運営されている場所であることを、心から望んでいる。世に養育される立場である子供は、そこに剝き出しの生存競争と無関心しかなければ、すぐ死ぬからだ」。まさに自分のなかの幼児性を突かれたような気がした。

    映画『素晴らしき哉、人生!』に話を戻すと、悪人は罰を受けずに終わるが、善人の主人公は仲間である善意の人たちに助けられ、救われる。悪人が不幸にならなくても、善人が報われ、幸福であるだけで充分、ハッピーエンドなのかもしれない。そう考えると、堕天使が登場する荒唐無稽な展開でありながら、この作品は意外とリアリストなのかもしれない。そういえば、ドラマ『エルピス』(***)でも腸内細菌について善玉菌と悪玉菌の話があった。善と悪の二項対立というよりもふたつのバランスが大事ということだった。ピロリ菌の治療を受けたひとから聞いた話だが、悪玉菌を殺そうとすると善玉菌まで死んでしまうらしい。とりあえず、悪を根絶やしにするよりは、善玉菌を増やすことのほうが得策とのこと。善と悪を清濁併せ呑みつつ、8対2か、6対4かは人によるにしても、善が悪を上回る状態を保つのがいいのだろう。正義は雑なぐらいでいいのだ。

 

(*)フランク・キャプラ監督『素晴らしき哉、人生!』(It's a Wonderful Life)1946年

(**)上田信治『成分表』(素粒社)

(***)関テレ2022年10月~12月放送。渡辺あや脚本。