モーパッサン「宝石」の向こう側

モーパッサン「宝石」は、妻に先立たれた男が、妻の遺した宝石から彼女の浮気を知るという話です。さて、彼女の浮気相手はどんな人だったのか。妄想してみました。「宝石」ってどういう話?という方は、ぜひ太田浩一先生の訳(古典新訳文庫)でお読みください。

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 女が死んだ。相手は人妻なので、大ぴらに悲しむことすらできない。彼女、ランタン夫人と会ったのはオペラ座の前だった。連れの女性が早引けし、帰りの馬車が見つからず途方にくれる彼女を私が自分の馬車で送ったのだ。私は一目見るなり彼女に夢中になった。だが、彼女は人妻であった。夫は下級官吏だという。
 やがて私たちは人目を避けて会うようになった。彼女は芝居を見に行くと言って家を出ると、私の店にやってくる。もちろん、閉店後にこっそり裏口から来るのだ。私は宝石商を営んでいる。逢瀬のあと彼女は戦利品のように私の店の宝石を持ち帰るのだった。夫にはイミテーションの宝石だと信じこませているという。私は私で、店の在庫を管理する手前、彼女に渡した宝石は彼女に売ったものとして売上帳に載せていた。
 その彼女が死んだ。宝石は当然、彼女の夫のものとなった。しかも、あろうことか、彼女の夫は私の店にあの宝石を買い取ってほしいともってきたのである。私は何食わぬ顔をしていたつもりだが、店員のなかには事情を察していたのか、うすら笑いを浮かべる者もいた。それでも、私はしかるべき金額で、それらの宝石を、今や彼女の唯一の形見となった宝飾品を買い取った。彼女がいちど身に着けたものを簡単に手放すところを見ると、あの男はやがて再婚するにちがいない。そうだ。これで彼女は私だけのものになったのだ。